細草書林

「疑に三種あり、一には自らを疑ひ、二には師を疑ひ、三には法を疑ふ」(日寛上人『寿量品談義』)

『国教選定の必要』(昭和十年五月・堀米泰栄師)

(底本:『日淳上人全集・上巻』p.98) 解題: 後の日蓮正宗・第六十五世御法主上人であられる、日淳上人猊下の、ご登座のはるか前の論文です。 この論文の中で、【危篤な状態】【危篤な時期】とあるのは、せんじつめるところ、日本が満蒙開拓という大義名分のも…

『危険な純粋さ』:8「原理主義の十戒」:第四条・<理想郷>=【手つかずの状態の自然】への回帰

(底本:『危険な純粋さ』1996年12月、ベルナール=アンリ・レヴィ・著、立花英裕・訳 p.111-112)原理主義者たちは、<国家・社会>が回帰すべき<起源>を設定している。言うまでもなく【手つかずの状態の自然】である。原理主義者は【手つかずの自然状態】を…

『寿量品談義』:三疑三信の事(日寛上人御指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第十巻) 三疑・三信の事 『弘』4-末-51にいはく「覆器とは信なきゆへに器の覆るがごとし。大論にいはく『羅いはく、自ら小にして多く妄語を喜ぶ。妄語をもってのゆへに無量の人をして仏を見ること得ざらしむ、仏これを…

『寿量品談義』:代々付属の事(日寛上人ご指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第十巻) (投稿者注記:表記・表記が底本と異なること等につきましては、サイトポリシーを参照ください。) 代々付属の事 次に当寺のことは富士山・白蓮阿闍梨日興上人の開基・大石寺の末派なり。富士とは大日本国・東海道…

『危険な純粋さ』:8「原理主義の十戒」:第三条・<原罪否定>を下地にした【エデンの園】【夜明け前の時代】への回帰

(底本:『危険な純粋さ』1996年12月、ベルナール=アンリ・レヴィ・著、立花英裕・訳 p.110-111) 第二条の<原罪否定>は不可避的に、魅惑に満ちた<原始への希求>へとつながっていく。歴史の変遷とともに穢されてきた【純真無垢な原始】というシナリオ、まも…