細草論壇

「疑に三種あり、一には自らを疑ひ、二には師を疑ひ、三には法を疑ふ」(『摩訶止観』)

日顯上人猊下ご自身の「臨終の相への大覚信」の文証

何度もお伝えいたしますが、去る令和元年9月20日、日蓮正宗の前代の法主・管長であられた、御隠尊・第67世日顯上人猊下が御遷化あそばされました。 日蓮正宗にとって、正信会の破門・擯斥、創価学会の破門・池田大作等の除名を決定された重大な方、また…

顕正会の会館が建ったことと災害との関係。「魔のたぶらかし」「魔のたばかり」の現証

本日、令和元年10月12日、台風19号の猛威が静岡県・首都圏南部を中心に猛威を奮っています。 千葉県内でも竜巻の発生が報告されています。 www.asahi.com 顕正会の「南房会館」が建ったのが平成24年年。それ以降、あの茂原市ですら、“なぜか”竜巻・…

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このページはサイト内の文献のリストです。 (0)一般仏教の文献 『那先比丘経』 (1)宗祖大聖人御書 『四恩抄』 『妙法曼陀羅供養事』 『当体義抄』 『曾谷殿御返事(抜粋)』(故事「輪陀王、外道を対治し、仏法を立てて王威を取り戻すこと」) 『新池御書』 『御…

宗祖大聖人御書『四恩抄』(弘長二年一月十六日・御寿四十一歳)

(底本:『平成新編・日蓮大聖人御書』p.264-269) 一には大なる悦びあり。 日蓮は身に戒行なく心に三毒を離れざれども、 また、やんごとなくめでたき事・侍り。 仏法を習ふ身には、必ず四恩を報ずべきにそうろうか。 四恩とは『心地観経』に云はく、「一には一…

帯刀杖による正法護持の化儀(日有上人『化儀抄』第二十二条、第九十二条、および日亨上人『同・註解』)

(底本:『富士宗学要集・第一巻』(山喜房仏書林版)) 『有師化儀抄』第二十二条、第九十二条 『有師化儀抄註解』 『有師化儀抄』第二十二条、第九十二条 (p.63) 第二十二条 出仕のときは太刀を一つ中間に持たすべし、折伏修行の化儀なるがゆへなり。ただし…

『国教選定の必要』(昭和十年五月・堀米泰栄師)

(底本:『日淳上人全集・上巻』p.98) 解題: 後の日蓮正宗・第六十五世御法主上人であられる、日淳上人猊下の、ご登座のはるか前の論文です。 この論文の中で、【危篤な状態】【危篤な時期】とあるのは、せんじつめるところ、日本が満蒙開拓という大義名分のも…

『寿量品談義』:三疑三信の事(日寛上人御指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第十巻) 三疑・三信の事 『弘』4-末-51にいはく「覆器とは信なきゆへに器の覆るがごとし。大論にいはく『羅いはく、自ら小にして多く妄語を喜ぶ。妄語をもってのゆへに無量の人をして仏を見ること得ざらしむ、仏これを…

『寿量品談義』:代々付属の事(日寛上人ご指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第十巻) (投稿者注記:表記・表記が底本と異なること等につきましては、サイトポリシーを参照ください。) 代々付属の事 次に当寺のことは富士山・白蓮阿闍梨日興上人の開基・大石寺の末派なり。富士とは大日本国・東海道…

『悪口と折伏』(昭和六年六月・堀米泰栄師)

(底本:『日淳上人全集・上巻』 p.16)罵詈・讒謗(めりざんぼう)と折伏とは混同されやすいが、自ら正法を持ち正行を行ずるものが他の過悪を責むるは折伏である。自ら正法を持つことなく、また正行を行ずることもなくして、かえって他を言ふは悪口罵詈である。 …

宗祖大聖人御書『曾谷殿御返事(抜粋)』(故事「輪陀王、外道を対治し、仏法を立てて王威を取り戻すこと」)

(底本:『平成新編・日蓮大聖人御書』p.1381) 法華経はいかなるゆへぞ、諸経に勝れて一切衆生のために用ふることなるぞと申すに、たとえば草木は大地を母とし、虚空を父とし、甘雨を食(じき)とし、風を魂とし、日月を乳母(めのと)として生長し、華さき菓(この…

宗祖大聖人御書『新池御書(4/4)』(弘安三年二月 御寿五十九歳)

また一代聖教を弘むる人は多くおはせども、これほどの大事の法門をば伝教・天台もいまだ仰せられず。それも道理なり。末法の始めの五百年に上行菩薩の出世ありて弘めたもふべき法門なるがゆへなり。 相ひ構へて、いかにしてもこのたび・この経を能く信じて、…

宗祖大聖人御書『新池御書(3/4)』(弘安三年二月 御寿五十九歳)

(底本:『平成新編・日蓮大聖人御書』(大日蓮出版) p.1458) 釈尊は一切の諸仏・一切の善神・人天大会・一切衆生の父なり、主なり、師なり。この釈尊を殺したらんに、いかでか諸天・善神等、うれしく思(おぼ)しめすべき。今、この国の一切の諸人は皆な釈尊の御…

宗祖大聖人御書『新池御書(2/4)』(弘安三年二月 御寿五十九歳)

(底本:『平成新編・日蓮大聖人御書』(大日蓮出版) p.1457) ああ、過ぎにし方の程なきを以て知んぬ、我等が命・今いくほどもなき事を。春の朝(あした)に花をながめしとき、ともな(伴)ひ遊びし人は、花とともに無常の嵐に散りはてて、名のみ残りてその人はなし…

宗祖大聖人御書『新池御書(1/4)』(弘安三年二月 御寿・五十九歳)

(底本:『平成新編・日蓮大聖人御書』(大日蓮出版) p.1456) 『新池御書』(弘安三年二月 御寿・五十九歳)うれしきかな末法流布に生まれあへる我等、かなしきかな今度この経を信ぜざる人々。 そもそも人界に生を受くるもの、誰か無常を免れん。さあらんに取って…

『那先比丘経』:第一編第一章・第三問「対話を成立させる基盤」

(底本:『ミリンダ王の問い─インドとギリシアの対決(平凡社・東洋文庫7 中村元・早島鏡正 共訳)』第1巻 p.76) 第三問「対話を成立させる基盤」 王は問う、「尊者ナーガセーナよ、わたしとともに<復た再び>対論しましょう」と。ナーガセーナは答える。「いいで…

『臨終用心抄(3/3)』(日寛上人御指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第三巻 p.266) 一、臨終の相に依って後の生処を知ること。 一、他宗謗法の行者はたとひ善相ありとも地獄に堕つべきこと。 一、法華本門の行者は不善相なれども成仏疑ひなきこと。 一、臨終に唱題する者は必ず成仏するこ…

『臨終用心抄(2/3)』(日寛上人御指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要宗』第三巻 p.263) 一、臨終のこと・常に頼み置くべきなり。 一、臨終を勧むる肝心のこと 息の絶へる前の事 息の絶へる時・絶へた後の事 一、臨終に一念の瞋恚によって悪趣に入ること。 一、御書18-22にいはく 一、臨終のこ…

『臨終用心抄(1/3)』(日寛上人御指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第三巻 p.259) 一、祖判32-11にいはく 一、臨終のことを「属纊の期」といふこと 一、多念の臨終、刹那の臨終のこと 一、臨終のとき、心乱るるに三の子細あること 一、問ふ、断末魔のとき、心乱れざる用心いかん。 一、…

『寿量品談義』:上求菩提/三誡三請・重請重誡/勧誡二門(日寛上人御指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第十巻) 上求菩提の事 三誡三請・重請重誡の事 勧・誡二門の事 上求菩提の事 昨日の開近顕遠の寿量品は偏(ひと)へに滅後末法の衆生のために説きたまふことを談ぜり。 まことに教主釈尊、この寿量品を演説し、上行菩薩に…

宗祖大聖人御書『当体義抄』入文部、日寛上人『当体義抄文段』:第二段「釈名の下(もとひ)」

宗祖大聖人『当体義抄』入文部 日寛上人『当体義抄文段』:釈名の下(もとひ) 宗祖大聖人『当体義抄』入文部 (文永十年・御寿五十二歳) (底本:大石寺版『平成新編・日蓮大聖人御書』p.692) 問ふ、妙法蓮華経とはその体・何物ぞや。答ふ、十界の依・正、すなは…

『寿量品談義』:歩みを運びて丁聞し福を得るの事(日寛上人ご指南)

(投稿者注記:底本=山喜房仏書林版『富士宗学要集』第十巻) (投稿者注記:表記・表記が底本と異なること等につきましては、サイトポリシーを参照ください。) 歩みを運びて丁聞し福を得るの事 大聖人京ナメリを誡むる事 覚真日如(第二十六代 日寛)講述文啓日厳(…

宗祖大聖人御書『御本尊七箇の相承』(問・開山日興上人、答・宗祖日蓮大聖人)

(出典 『日蓮正宗聖典』p.377) (投稿者注記: 御本尊様を開眼できるのは御法主上人様が、胸中に戒壇の大御本尊様と同じ御内証を伝持されておられるから、ということについての基本的な文証です。) 一、十界互具の事義如何。 二、真実の十界互具は如何。 三、…

『社会学・第五版(2009年)』(アンソニー・ギデンズ):「第20章 政治・統治・テロリズム」冒頭部より引用

(投稿者注記:この文献は、異流義教団・顕正会の政治学的所見が如何に稚拙であるか、そのための引用となります。特に、顕正会では「王法=主権」という単純化された認識なのですが、この文献の「主権という概念は、伝統的国家では意味をなさなかった」という記…

『興尊雪寃録』の妄説を破す:二、血脈相承についての愚難を駁す(堀米日淳師・昭和三十年十月)

(底本:日淳上人全集 下巻 p.1442) 『雪寃録』第二項は「血脈相承についての御聖訓」といふ見出しである。この中において高田氏は大聖人の『法華宗内証仏法血脈抄』の御文を引き、大聖人の血脈相承は本仏釈尊―上行菩薩―日蓮であらせられ、これは“内証血脈…

信仰に反対する人へ:問二.信仰は理性をマヒさせるアヘンのようなものではないか。

(底本:『正しい宗教と信仰』(大日蓮出版発行) p.7) 問二.信仰は理性をマヒさせるアヘンのようなものではないか。 答.「宗教はアヘンである」といったのは、かの有名なマルクスです。 彼は、当時の退廃的なキリスト教の姿を見て、宗教とは人間にとって現実的…

『妙法曼陀羅供養事』文永十年・五二歳(新編 p.689)

宗祖大聖人『妙法曼陀羅供養事』 日寛上人文段『妙法曼陀羅供養抄記』(「成仏の印文」とは) 宗祖大聖人『妙法曼陀羅供養事』 (文永十年・五二歳) (底本:『平成新編・日蓮大聖人御書』(大日蓮出版)) 妙法蓮華経の御本尊、供養そうらひぬ。 この曼陀羅は文字は…

『寿量品談義』:円仏果成の相(日寛上人御指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第十巻) 第四に円仏果成の相とは 虚空為座とは 一成一切成とは 方丈の室とは 梵天丈六の仏頂を見ざるがごとしとは 応持菩薩、身量を窮めずとは 第四に円仏果成の相とは 玄に云はく「あるひは言はく、道場虚空をもって座…

『弁惑観心抄』序文(昭和二十五年・堀米日淳師)

『弁惑観心抄』序文 (底本:『弁惑観心抄(平成29年改訂版)』(大日蓮出版)) (※掲載者注記:表記・表現が底本と一部、異なること等につきましては、サイトポリシーを参照ください。) 仏法を信行するものにおいて、もっとも相い戒むべきは「未得謂得、未証謂証(み…