細草問答抄本記

「しょせん、この世に信じられるなにものもない!」との疑心暗鬼や絶望感を、正宗の師僧・法境へ熱く問い直し、<信心への入り江>としてみませんか?

『寿量品談義』:上求菩提/三誡三請・重請重誡/勧誡二門(日寛上人御指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第十巻)

 

 

上求菩提の事

 

昨日の開近顕遠の寿量品は偏(ひと)へに滅後末法の衆生のために説きたまふことを談ぜり。

 

まことに教主釈尊、この寿量品を演説し、上行菩薩に付属して、はるか滅後末法の各々方々に与へたまふによって、宗祖大聖人・仏勅を重んじ、大難・小難、無量の大難を凌いで、日本国にこの本門寿量の妙法蓮華経を御弘めなさるるなり。

 

よって、やすやすと丁聞し、これを唱へ行ずれば、即身成仏すること決定なり。これ偏(ひと)へに仏祖の大慈悲、妙法蓮華経の功力によるなり。

 

もししからば寿量品の妙法を弘通せば、いかようのことありとも万端をなげ捨て参詣して丁聞し、本門寿量の南無妙法蓮華経を唱へ奉り報恩感謝に擬したまはんこと専らなり。

 

『弘』8-末にいはく
「『大論』にいはく、楽法梵志、十二年においてあまねく閻浮提に聖法を知ることを求め、得ること能はず。時の世に仏法・尽きたり。バラモンあっていはく『我れに聖法の一偈あり、もし法を楽(ねが)はばまさにもって汝に与ふべし』と。答へていはく『実に楽(ねが)ふ』と。バラモンのいはく『もし実に法を楽(ねが)はばまさに(身の)皮をもって紙となし、骨をもって筆となし、髄をもって墨となし、血をもって水とせよ』と。(梵志、)すなはち、その言のごとく書して仏偈を得たり。

 

偈にいはく『如法はまさに修行すべし、非法は行ずべからず、今世・もしは後世、法を行ずる者は安穏なり』と。

 

またある説にいはく『魔来りて楽法をたぶらかし、(身の)皮を剥がせしめ、楽法の意(い)を退せしめんと欲す。楽法、意(い)堅くしてすなはち(身の)皮を剥ぐ。魔、たちまち隠れ去る。下方の仏、感じてこのために偈を説く』」已上。

 

意にいはく御書9-53に「少なくそうらふなり、また薬王菩薩、日月浄明徳仏のところにして一切衆生喜見菩薩ともうせしとき、かの仏および法華経のためのゆへに七万二千歳の間、百福荘厳し、臂(ひじ)を焼き、供養したまふなり。また雪山童子は半偈のために身を捨てたまへり。これらは皆なこれ正法を求むるゆへに身命を捨てたまへり。今、幸ひに本門寿量品を弘宣するに何ぞ参詣せざらんや、何ぞ夢中の世事にこだわって信心を励まざらんや」云云。

 

三誡三請・重請重誡の事

 

『誡信・下』文-9に「広開近顕遠、文に二、先ず誡信、次に正答」已上。

 

広開近顕遠は向のごとし。「先ず誡信、次に正答」とは「爾時仏告」とのたまひしより「汝等諦聴」までが「誡信」なり、「如来秘密神通之力」とのたまひしより「速成就仏身」までは、久遠実成・直実己証の法門たる「三身常住・三世益仏」の相を宣べ、弥勒の疑問に答へたまひてあれば「正答」をのたまひしなり。

 

さて「誡信」とは、『本疏』に「仏の旨は誡めて論(さと)す」といふ字なり。

 

『句会』20-初に「文に勅して説くなり」と。『広句』にいはく「警(いま)しめなり」と。『増句』に「警勅(けいちょく)の辞、誡めといふ」已上。

 

しかれば仏の勅言・宣旨あって、一会の大衆(だいしゅ)を誡めたまふを「誡」といふなり。このことを「仏旨論誡」といふなり。

 

「汝等当信解、如来誠諦之語」云云。この文は「ただいまから、久遠寿量の誠諦の語を説くべし。なんじら、疑をなすことなく解了せよ」といましめ仰せつけらるる宣旨なり。よってこれを「誡」とのたまひしことを「仏旨論誡」と云云。

 

次に「衆・(誡めを)受けて信をなす」とは、仏・すでに丁寧に誡しめたまひてあるによって、弥勒菩薩等の一切の大衆が申し上げて「唯願説之、我等当信受仏語」と云云。

 

「ただ願はくばこれを説きたまへ、少しも疑ひを作(な)さず信受したてまつるべし」と仏へ四度まで申し上げられたるを「信」とのたまいしことを「衆受為信」と云云。

 

「誡・信」の二字、粗(あらあら)聞こへたり。この「誡・信」に付き、「三誡・三請」と「重請・重誡」とこれあり。しょせん意を取ってこれを宣(の)ぶれば、如来が四度・誡めたまふを「誡」といひ、大衆・四度請ずるを「信」といふなり。

 

如来の誡めたまふ中にも、おのずから勧信の義あり、よって経には「汝等当信解」とあり、誡門・勧門とは相ひ離れざる者なり。

 

『記』五-末34にいはく
「勧・誡ありといへども、ただこれ便によって『誡しむ』とのみのたまへり。しかれば誡とは『疑うことなかれ』と誡しめて『信じたてまつれ』と勧むるなり。いはく『今、誠諦真実の久遠実成の法門を説かんほどに、少しも疑ひなく信じたてまつれ』とのたまひしことなり。また、大衆の請(しょう)ずるを『信』とのみ、のたまへども、おのずから請ずるなり」と。

 

勧・誡二門の事

 

さて、始めの疑ひを誡しめ、信を勧めたまふにつき、世・出、ともにこの「誡・勧」の二つに過ぎず。ゆへに仏法の大要にてあるなり。世間にも「誡・勧」と二つの力なくしては叶はざるなり。

 

たとへば、親が子に教ふるに「悪事をなすべからず・悪人の真似すべからず・悪友に交はるな」といふは「誡」なり。「善人の真似をせよ・善友に交はれ」といふは「勧」といふものなり。

 

外典の中にも、その趣・これあるなりと見えたり。
『中庸』にいはく
「道はしばらくも離るるべからず、離るるは道にあらざるなり」已上。

 

『註』にいはく
「道とは日用の事物、まさに行ふべくの理(ことはり)」已上。「事物当行の道」とは、五倫の道には過ぐべからず。

 

『孟子』にいはく「君臣に義あり、父子に孝あり、夫婦に別あり、長幼に序あり、朋友に信あり」已上。

 

君は仁政を行ひ、礼をもって使ひ、臣は忠をもって君に仕ふ。この義あれば君臣の道立つ、この義を失はば君臣の道、立たざるなり。父子に孝ありとは子を恵み資け、子は父を愛し敬ふ、この孝あるはすなはち道なり、この孝なければすなはち道にあらざるなり。

 

「夫婦に別あり」とは夫婦とは男女なり、天地の始め、男女なければ人倫なきゆへに、男女を以て人倫の根本とす。しかれども男と女とはおのおの差別あり乱すべからず、あるいは同じ座敷に居て同じ処に衣服を着けず、「閏門の間」「内外の隔」あるべし。かくのごとく別あるが夫婦の道にして後々まで偕老の契りを結ぶなり。これらの別あることがすなはち夫婦の道なり。

 

長幼に序あるなり。「長幼」は兄弟の事なり。先に生まるるを長とし兄とし、後に生まるるを幼とし弟とするなり。人の生まるる前後あれば兄弟となりなり。序といふは、たとへば道を行くには兄は先に行き、弟は後に行く、座に着くにも兄は上座に居し、弟は下座に居す等なり。これ長幼の序ありといふことなり。この序あるがすなはち道なり。

 

「朋友に信あり」とは、朋友の間、互ひに信(マコト)をもって交ふれば、その道末(注記:事業の目標・目的)とげてよきなり、偽りあればやがて中終するなり。朋友には信あるがすなはち道なり。

 

しかればかくのごとく君臣・父子・夫婦・長幼・朋友、おのおのその道あり、この道はしばらくも離るるべからざるなり。「離るるべきは道にあらず」とのたまふはこれ「勧」なり。

 

もし君として仁政を行はず不礼にし、臣として忠節を作さず、父として子を恵まず、子として父を敬はず、朋友に交はるに信あらざる等、これはこれ「無道」なり。

 

今の文の裏にこの「無道」をば永く離るるべしといふ意(こころ)あるは、すなはち「誡」なり。しかればいかほどの言句ありといへども、聖人・賢人の教といふは悪を誡め、善を勧むるには過ぎず

 

浅深不同こそあれ、仏法もこの誡・勧の二門に過ぐべからず。