細草書林

「疑に三種あり、一には自らを疑ひ、二には師を疑ひ、三には法を疑ふ」(日寛上人『寿量品談義』)

『臨終用心抄(1/3)』(日寛上人御指南)

(底本:山喜房仏書林版『富士宗学要集』第三巻 p.259)

 

 

一、祖判32-11にいはく


「それおもんみれば日蓮・幼少の時より仏法を学しそうらひしが、念願すらく、

『人の寿命は無常なり、出づる気(いき=息)は入る気を待つことなし、風の前の燈(ともしび)、なお譬へにあらず、かしこきもはかなきも老ひたるも若きも定めなき習ひなり』と。さればまず臨終のことを習ふて、のちに他事を習ふべし」と云云。

 

一、臨終のことを「属纊の期」といふこと


『愚案』2-6にいはく
「臨終のことを『属纊の期』といふは、纊はわた(綿)なり。臨終のとき、息が絶へるか絶へざるかを知らんがためにわたのつみたるを、鼻の穴に当てて見るに、息絶へぬればわたがゆるがざるなり」云々。意を取って思ふべし。

 

一、多念の臨終、刹那の臨終のこと


『愚案』2-8にいはく
「多念の臨終といふは、日は今日、時は唯今と意(こころ)に懸(か)けて行住坐臥(ぎょうじゅうざが)に題目を唱ふるをいふなり。次に刹那の臨終といふは最期臨終の時なり、これ最も肝心なり。臨終の一念は多年の行功によると申して不断の意懸け(こころがけ)によるなり。樹のまづ倒るるに必ず曲がれるに随ふがごとし等、これを思へ。臨終に報ひを受けることまたまた強きに従って牽(ひ)く。『弘』1-中-44文。ゆへに多年・刹那に是を具足すべきこと肝要なり。

 

一、臨終のとき、心乱るるに三の子細あること


一には「断末魔」の苦のゆへ。断末魔の風が身中に出来するとき、骨と肉と離るるなり。
『正法念経』にいはく
「命終のとき、風・皆な動ず。千の尖き刀、その身の上を刺すがごとし。十六分中、なを一にに及ばず。もし善業あれば苦悩多からず」云云。


『顕宗論』にいはく
「人のために言を発し、他人を譏刺することを好み、実・不実に随って人の心を傷切するは当に風刀の苦を招くべきなり」と。

 

二には魔の所以。
『沙石集』4-23にいはく
「ある山寺の法師、世に落ちてある女人をかたらひ、相ひ住みける程に、この僧・病ひに臥して月日をへ(経)にけるに、この妻ねんごろに看病なんどししゆへに、

“意易く(こころやすく)臨終もしてんず”

と思ひける程に、もとより道心ありて念仏の数返なんどしける者にて

“最後”

と覚ひければ、端座・合掌して西方に向かひ、高声に念仏しけるをこの妻、

『我を捨てて、いづくへをはすぞ』と。

『あら悲しや』とて首にいだき付いて引き臥せけり。

『あら口惜し、心安く臨終せさせよ』

と起き上がりて念仏すれば、また引き臥せ引き臥せしけり。つひに引き臥せられてを(終)はりにけり、魔障の致すところにや。


また、道念ありける僧、世に落ちて妻をかたらひ庵室にこもり居て妻に知られずして持仏堂に入り、端座してめでたくを(終)はりにけるを、妻・後に見つけて

『あら口惜し、拘留孫仏のときより付きそ(添)ひて取りつめたる物をに(逃)がしける』

とてをそ(恐)ろしげなる気色に成って、手を打ち、飛んで失せにけり」已上。

 

爾前権門の行者さへかくのごとし。いわんや本門寿量文底の行者は別して魔障あるべし、必ず生死を離るるゆへなり。

 

三には妻子・従類の歎きの声、財宝等に執着するのゆへ、云云。
『大蔵一覧』5-15、『沙石』4-26にいはく
「一生五戒を持(たも)てる優婆塞、臨終に妻をあはれむ愛執ありけるが妻の鼻の中に虫に生まれたり、これも聖者に値ってこれを知れり」と。

 

『致悔集』下-九にいはく
「廬山寺の明道上人は三大部の抄に執着あって、聖教の上に小虵となって居れりと。ある長者、金の釜を持ちたりしが臨終にを(惜)ししと思ひしゆへに大虵となって釜の辺りに蟠る」云云。

 

『元亨釈書』19-13に引く

「ある律師は天井に銭二十貫文を持ちて臨終に一念思い出して虵となって、かの銭の中に住む。檀方の夢に告ぐ、

『かの銭、三宝へ供養すべし』と。

告げのごとく、かの銭の中に小虵あり。哀れに思ひ、法華経を書ひて供養してあれば、のちに夢に

『得脱せり』と。」云云。

 

されば、臨終には妻子、あるひは心の留まる財宝等見すべからず。
華を愛する者は小蝶と生まれ、鳥を愛する者は畜生に生まる等、云云。『本朝語園』4-8、8-28。『釈書』19-14。

 

一、問ふ、断末魔のとき、心乱れざる用心いかん。


答ふ、平生覚悟すべきことなり。

一には『顕宗論』の意に准ずれば、他人を譏刺すべからず、人心を傷切すべからず、これ常の用心なり。

二には『玄』4-20-3にいはく
「身・本(も)と有ならず、先世の妄想、今の四天を招く。虚空を囲むを仮に名づけて身と為す」文。
 引きよせてむすべば柴(しば)の庵(いほり)にて解(わか)れば本(もと)の野原なりけり。
 水は水、火は本の火に帰りけり 思ひしことよ すはさればこそ。
「水は水」とは、「水は本の水」といふ心なり。「引きよせて」とは先世の妄想なり。よせられし物は地・水・火・風の四大なり。死しても心法に妄想の足の緖が付ひてまたむすび合はせて身を受くるなり。これを「十二因縁の流転」といふなり。

一身の四大・所成なる姿は堅・湿・燸・動とて骨肉のかたまりたるは地大なり、身に潤ひ有るは水大なり、あたたかなるは火大なり、動くは風大なり、この四(大)が虚空を囲みまはすがこの身なり板柱等集まりて家を作るごとくなり。

死後に身の冷めるは火大の去るなり、逗留あればくさ(腐)るは地大の去るゆへなり。切れども血の出でざるは水大の去るゆへなり、動かぬは風大去るゆへなり。

死ぬる苦しきは家を槌にて頽るがごとく四大の板・柱・材木、面々に取り離すゆへに苦しむなり。断末魔とはこれをいふ。これ四大の離散なり。

「すはさればこそ」と読みたるは苦なり、驚きたる処なり。「解れば本の野原」と読みたるも、「解る」といふは離散することなり、「本の」といふは四大が法界に帰りたることなり、云云。(※注-1)

 

かくのごとく、兼ねて覚悟すれば驚かざるなり。驚くことなければ心乱るべからず。

 

三には常に

「本尊と我と一体なり」

と思惟して、口唱を励むべし。
御書14-47、「実に己心と仏心と一心なりと悟りなば臨終を礙ふるべき悪業も有らず、生死に留まるべき妄念もあらず」云云。
また23-37「たとひ首をば鋸にて引き切り、乃至・霊山へはしりたまふ」文。

『金山』2-末-32。

 

一、魔の所以の用心いかん。


答ふ、平生覚悟あるべし、黄檗禅師の『伝心法要』にいはく
「臨終のとき、もし諸仏来たりて種々の善相あるとも随喜を生ずべからず、もし諸悪現じて種々の相あるとも怖畏の意(こころ)を生ずべからず。心を亡じて円(まどか)ならしむ、これ臨終の要なり」云云。随喜・怖畏の意を亡じてただ妙法を唱ふべきなり。
『蜷川臨終』に
「三尊の来迎せるを弓をもってこれを射るにすなはち庭上に落つ、果たして古狸なり」云云。これを思へ。
御書28-32にいはく
「止観に三障四魔と申すは権教を行ずる行人を障(さわ)るにはあらず、今・日蓮がとき、具(つぶさ)に起これり。乃至、御臨終のときまで御心得あるべきなり」云云。

 

一、妻子・財宝等の用心いかん。


答ふ、楽天がいはく「筋・骸、本(も)とは実・無し、一束の芭蕉草、眷属相ひ依る、一夕・林鳥を聞く」文。
三・四の句は『心地観経』の意なり、かの第三に「宿鳥・平旦にしておのおの分飛す、命終・別離またかくのごとし」云云。

 

『一覧』5-24、『五無反復経』、『沙石』7-9にいはく
「昔、仏法を求むる道人あり、山中を行くに二人の山左(やまかつ)あり、一人は臥して一人は畠を作るあり。“父子ならん”と立ち寄って見れば、その子・毒虵にさされて俄かに死せり。

父、歎く色なくてこの道人に語っていはく『その在(をは)する道に家あり、これ我が家なり。それより食を持ち来るべし、たったいまこの子・俄かに死す、一人分の食を持ち来れ』と告げて食す。道人のいはく『父子の別れは悲しかるべし、何ぞ歎く色なきや』と問ふ。(父、)答へていはく『親子はわづかの契りなり、鳥の夜・林に寄り合ひて明くれば方々に飛び去るがごとし、皆な業に任せて別かるるに何ぞ歎からんや。

さてかの家にいたりて見れば女人の食物を持ちて門に出づ、右の次第を語れば『さては』とて一人が食を止む、家の内に老女あり、僧いはく『かの死するはその御子か』と、老女、『しかなり』といふ。『何ぞ歎く色なきや』(と聞くに、)母のいはく『何ぞ歎くべき、母子の契りは渡しの舟に乗り行くがごとく、岸に付けば散り散りになるがごとし、おのおのの業に任せて行くなり』と。

またこの女人に『死ぬる人はそれがためにはいかなるぞ』と(聞く)。答ふ、『我が男なり』と。(道人、問ふていはく)『何ぞ歎く色なきや』と。(女人、答ふ、)『なにゆへに歎くべき夫妻(めおと)の仲は市に行き合う人のごとし、用事すぎぬれば方々へ散るがごとし』といへり。ときに道人、『万法の因縁は仮なる事ぞ』と悟れり」云云。

 

また財宝のことは在家・出家ともに存生のときに書き置くべきことなり、されば在家は財宝に意懸けり、「とやせん・角やせん」と思ふて心の乱るるなり。出家は袈裟・衣・聖教等、かしこに譲りここに譲らんと思ふて心の乱るる、よって慥かなる書に記すべきなり。これらの妄念あるべからず、しかればただ後世のことのみ成らんと存すべきこと肝心なり、云云。

 

『愚案』2-8、『沙石』9-12、
「経にいはく、妻子珍宝、および王位は命終に臨むときは随はず、唯だ戒と施と不放逸とは今世・後世の伴侶となるなり」云云。

人王六十五代の帝・花山院は小野の宮殿の御女、弘徽殿の女御に後れさせたまひて、世の中を御意細く(おこころぼそく)思しめしみたれたるころ、栗田の関白の、未だ殿上人にてをはしけるとき、扇にこの文を書きてあるを(帝、)ご覧ありて

「世の楽しみは夢幻のほどなり、国位も益なし」

と、十善万乗の位を捨て、永く一乗菩提の道に入らせたまふ御意を発す。すでに内裏を出でさせたまひける、夜は寛和二年六月二十三日、有明の月がくまなかりけるに流石に御なごりも残りけるにや、村雲の月にかかりければ

「我が願ひすでに満つ」

とて貞視殿の高妻戸よりをりさせたまひける、それよりはかの妻戸を打ち付けられける。有難き御発心なり、承るも哀れに侍り候、云云。

常にこの経文を信受せば何ぞ着心あらんや、着心なくんば心乱るることあるべからず、云云。

 

※注-1:『総勘文抄』にのたまわく

「五行とは地・水・火・風・空なり。五大種とも五蘊(ごうん)とも五戒とも五常とも五方とも五智とも五時ともいふ。ただ一物にて、経々の異説なり。内典・外典の名目の異名なり。今経(=妙法蓮華経)にこれを開いて、一切衆生の心中の五仏性・五智の如来の種子と説けり。これすなはち妙法蓮華経の五字なりこの五字を以て人身の体を造るなり、本有常住なり、本覚の如来なり」と。

また『御本尊七箇の相承』にのたまわく

法界の五大は一身の五大なり、一箇の五大は法界の五大なり。法界即日蓮、日蓮即法界なり」と。