細草書林

「疑に三種あり、一には自らを疑ひ、二には師を疑ひ、三には法を疑ふ」(日寛上人『寿量品談義』)

宗祖大聖人御書『新池御書(4/4)』(弘安三年二月 御寿五十九歳)

また一代聖教を弘むる人は多くおはせども、これほどの大事の法門をば伝教・天台もいまだ仰せられず。それも道理なり。末法の始めの五百年に上行菩薩の出世ありて弘めたもふべき法門なるがゆへなり。

 

相ひ構へて、いかにしてもこのたび・この経を能く信じて、命終のとき千仏の迎えに預かり、霊山浄土に走りまいり自受法楽すべし。信心弱くして成仏の延びんとき、某(それがし)をうらみさせたもふな。たとへば病者に良薬を与ふるに、毒を好んでくひぬればその病ひ癒へがたきとき、我が失(とが)と思はず、還りて医師を恨むるがごとくなるべし。

 

この経の信心と申すは、少しも私(わたくし)なく経文のごとくに人の言を用ひず、法華一部に背くことのなければ仏に成り候ぞ。仏に成り候ことは別の様は候はず、南無妙法蓮華経と他事なく唱へ申して候へば、天然と三十二相・八十種好を備ふるなり。「如我等無異」と申して釈尊ほどの仏にやすやすと成り候なり。

 

たとへば鳥の卵は始めは水なり、その水の中より誰かなすともなけれども、嘴(くちばし)よ・目よと厳(かざ)り出て来て虚空にかけるがごとし。我らも無明の卵にしてあさましき身なれども、南無妙法蓮華経の唱への母にあたためられまいらせて、三十二相の嘴(くちばし)出てて八十種好の鎧毛生ひそろひて実相真如の虚空にかけるべし。

 

ここを以て経にいはく
「一切衆生は無明の卵に処して智慧の口ばしなし。仏母の鳥は分段同居の古栖(ふるす)に返りて、無明の卵をたたき破りて一切衆生の鳥を巣立てて、法性真如の大虚にとばしむ」と説けり・取意。

 

有解無信とて法門をば解(さと)りて信心なき者はさらに成仏すべからず。有信無解とて解はなくても信心あるものは成仏すべし。皆なこの経の意なり、私の言にはあらず。

 

されば二の巻には「信を以て入ることを得、己(おの)が智分にはあらず」とて、智慧第一の舎利弗もただこの経を受け持ち、信心強盛にして仏になれり。己(おの)が智慧にて仏にならずと説きたまへり。

 

舎利弗だにも智慧にては仏にならず。いはんや我等衆生、少分の法門を心得たりとも、信心なくば仏にならんことおぼつかなし。末代の衆生は法門を少分こころえ、僧をあなづり、法を忽(いるが)せにして悪道におつべしと説きたまへり。

 

法を心得たるしるしには、僧を敬ひ、法をあがめ、仏を供養すべし。今は仏ましまさず、解悟(げご)の智識を仏と敬ふべし、いかでか徳分なからんや。後世を願はん者は名利名聞を捨てて、いかに賤しき者なりとも法華経を説かん僧を生身の如来のごとくに敬ふべし。これまさしく経文なり

 

今時の禅宗は大段、仁・義・礼・智・信の五常に背けり。有智の高徳をおそれ、老いたるを敬ひ、幼きを愛するは内外典の法なり。しかるを、かの僧家の者を見れば、昨日今日まで田夫野人にして黒白を知らざる者も、褐色(かちん)の直綴(じきとつ)をだにも著(き)つれば、うち慢じて天台真言の有智・高徳の人をあなづり、礼をもせずその上に居らんと思ふなり。これ傍若無人にして畜生に劣れり。

 

ここを以て伝教大師の御釈にいはく
「川獺(せんだつ)祭魚のこころざし、林烏(りんう)父祖の食を通ず、鳩鴿三枝(きゅうごうさんし)の礼あり、行雁(こうがん)連を乱さず、恙羊(こうよう)踞(うづくま)りて乳を飲む。賤しき畜生すら礼を知ることかくのごとし、何ぞ人倫においてその礼なからんや」とあそばされたり・取意。彼らが法門に迷へること・道理なり。人倫にしてだにも知らず、これ天魔波旬のふるまひにあらずや。

 

これらの法門を能く能く明らめて、一部八巻・二十八品を頭にいただき、懈(をこた)らず行なひたまへ。また、某を恋しくおはせん時は日々に日を拝ませたまへ、某は日に一度・天の日に影をうつす者にて候。

 

この僧によませまひらせて聴聞あるべし。この僧を解悟の智識とたのみたまひてつねに法門・御たづね候べし。聞かざればいかでか迷闇の雲を払はん。足なくしていかでか千里の道を行かんや

 

返す返すこの書をつねによませて御聴聞あるべし。事々、面のついでを期し候間、委細には申し述べず候。穴賢穴賢。

弘安三年二月 日   日蓮 花押

新池殿