細草書林

「疑に三種あり、一には自らを疑ひ、二には師を疑ひ、三には法を疑ふ」(日寛上人『寿量品談義』)

宗祖大聖人御書『四恩抄』(弘長二年一月十六日・御寿四十一歳)

(底本:『平成新編・日蓮大聖人御書』p.264-269)


そもそもこの流罪の身になりて候につけて二つの大事あり。

 

一には大なる悦びあり。

そのゆへは、この世界をば娑婆と名づく、“娑婆”と申すは、“忍”と申すことなり。ゆへに仏をば“能忍”と名づけたてまつる。この娑婆世界の内に百億の須弥山、百億の日月、百億の四州あり。その中の中央の須弥山・日月・四州に仏は世に出でまします。この日本国はその仏の世に出でまします国よりは丑寅の角(すみ)にあたりたる小島なり。

 

この娑婆世界より外の十方の国土は皆な浄土にてそうらへば、人の心もやはらかに、賢聖を罵(め)り悪(にく)むこともそうらはず。この国土は、十方の浄土に棄(す)て果てられてそうらひし、十悪・五逆・誹謗賢聖・不孝父母・不敬沙門等の科(とが)ある衆生が、三悪道に堕ちて無量劫を経て、還ってこの世界に生まれてそうろうが、先生(せんじょう)の悪業の習気(じっけ)失せずして、ややもすれば十悪・五逆を作り、賢聖を罵り、父母に孝せず、沙門をも敬はずそうろうなり。

 

ゆへに釈迦如来、世に出(い)でましませしかば、あるいは毒薬を食に雑(まじ)へてたてまつり、あるいは刀杖・悪象・獅子・悪牛・悪狗等の方便(てだて)をもって害したてまつらんとし、(釈迦如来に対して)あるいは“女人を犯す”と云ひ、あるいは“卑賎の者”、あるいは“殺生の者”と云ひ、あるいは行き合ひ奉るときは面(おもて)を覆(おお)ふて“眼(まなこ)に見奉らじ”とし、あるいは戸を閉ぢ窓を塞(ふさ)ぎ、あるいは国王・大臣の諸人に向かっては、“邪見の者なり、高き人を罵(の)る者”なんど申せしなり。『大集経』・『涅槃経』に見へたり。

 

させる失(とが)も仏にはおはしまさざりしかども、ただこの国の癖(くせ)・片端(かたわ)として、悪業の衆生が生まれ集まりてそうらひし上、第六天の魔王がこの国の衆生を他の浄土へ出(いだ)さじと、たばかりを成して、かくことにふれてひがめる事をなすなり。

 

このたばかりも、せんずるところは仏に法華経を説かせまいらせじ料と見えて候。そのゆへは魔王の習ひとして、三悪道の業を作るものをば悦び、三善道の業を作る者をば嘆く。また、三乗とならんとする者をばいたうなげく。また、三乗となる者をばいたうなげかず、仏となる業をなす者をば強(あなが)ちになげき、事にふれて障(さわ)りをなす。法華経は一文一句なれども“耳に触(ふ)るる者はすでに仏になるべき”と思ひて、いたう第六天の魔王もなげき思うゆへに方便(てだて)をまはして留難をなし、経を信ずる心を捨(す)てしめんとたばかる。

 

しかるに仏の在世の時は濁世なりといへども、五濁の始めたりし上、仏の御力をも恐れ、人の貪・瞋・癡・邪見も強盛ならざりし時だにも、竹杖(ちくじょう)外道は神通第一の目連尊者を殺し、阿闍世王は悪象を放(はな)ちて三界の独尊を脅したてまつり、提婆達多は証果の阿羅漢・蓮華比丘尼を害し、瞿伽利(くぎゃり)尊者は智慧第一の舎利弗に悪名を立てき。

 

いかにいはんや、世・ようやく五濁の盛んになりてそうろうをや。いはんや、世・末代に入りて法華経をかりそめにも信ぜん者の人に嫉(そね)み妬(ねた)まれんことはおびただしかるべきか。

 

ゆへに法華経にいはく
「如来の現在にすらなほ・怨嫉(おんしつ)多し、いわんや滅度の後(のち)をや」云云。始めにこの文を見そうらひしときは、「さしもや」と思ひそうらひしに、今こそ「仏の御言は違(たが)はざりけるものかな」と、ことに身に当たって思ひ知られてそうらへ。

 

日蓮は身に戒行なく心に三毒を離れざれども、

この御経(みきょう)を、もしや我も信を取り、人にも縁を結ばしむるかと思ひて随分・世間のことおだやかならんと思ひき。

 

世・末になりてそうらへば妻子を帯してそうろうようなる比丘も人の帰依をうけ、魚鳥を服する僧もさてこそ候か。

 

日蓮はさせる妻子をも帯せず、魚鳥をも服せず、ただ法華経を弘めんとする失(とが)によりて、妻子を帯せずして“犯僧”の名・四海に満ち、螻蟻をも殺さざれども悪名一天にはびこれり。恐らくは、在世に釈尊をもろもろの外道が毀(そし)りたてまつりしに似たり。これ偏(ひとえ)に法華経を信ずることの、余人よりも少しく経文のごとく信をも向けたるゆへに、悪鬼・その身に入って嫉(そね)みをなすかと覚えそうらへば、これほどの卑賎・無智・無戒の者の、二千余年已前に説かれて候・法華経の文に載せられて、留難に値ふべしと仏・記し置かれまいらせてそうろうことのうれしさ、申し尽くし難く候。

 

この身に学文つかまつりしこと、やうやく二十四・五年にまかりなるなり。法華経を殊に信じまいらせそうらひしことは、わづかにこの六・七年よりこのかたなり。また信じてそうらひしかども懈怠の身たる上、あるいは学文と云ひ、あるいは世間のことに障(さ)えられて、一日わずかに一巻・一品・題目ばかりなり。

 

去年の五月十二日より今年正月十六日にいたるまで、二百四十余日のほどは、昼夜十二時に法華経を修行したてまつると存じ候。そのゆへは法華経のゆへにかかる身となりてそうらへば、行住座臥(ぎょうじゅうざが)に法華経を読み行ずるにてこそそうらへ。

 

人間に生を受けてこれほどの悦びは何ごとかそうろうべき。凡夫の習ひ・我と励みて、菩提心を発(お)こして後世を願うといへども、自ら思い出(い)だし十二時の間に一時・二時こそは励みそうらへ。これは思い出(いだ)さぬにも御経をも読み、読まざるにも法華経を行ずるにてそうろうか。

 

無量劫の間・六道四生を輪廻しそうらひけるには、あるいは謀叛を起こし、強盗・夜打等の罪にてこそ国主より禁(いましめ)をも蒙(こうむ)り流罪・死罪にも行はれそうろうらめ。

 

これは法華経を弘むるかと思う心の強盛なりしによって、悪業の衆生に讒言(ざんげん)せられて、かかる身になりてそうらへば、定めて後生の勤めにはなりなんと覚え候。これほどの心ならぬ昼夜十二時の法華経の持経者は、末代には有りがたくこそ候らめ。

 

また、やんごとなくめでたき事・侍り。

無量劫の間、六道に回り候ひけるには、多くの国主に生まれ値(あ)ひたてまつりて、あるひは寵愛の大臣・関白等ともなりそうらひけん。もししからば国を給はり、財宝官禄の恩を蒙(こうむ)りけるか。法華経流布の国主に値ひたてまつり、その国にて法華経の御名を聞いて修行し、これを行じて讒言を蒙(こうむ)り、流罪に行はれまいらせて候・国主にはいまだ値ひまいらせ候はぬか。

 

法華経に云はく
「この法華経は無量の国中において…乃至、名字をも聞くことを得べからず。いかにいはんや、見ることを得て受持し読誦せんをや」云云。
さればこの讒言の人(と)、国主こそ我が身には恩深き人にはをわしましそうろうらめ。

 

仏法を習ふ身には、必ず四恩を報ずべきにそうろうか。

四恩とは『心地観経』に云はく、「一には一切衆生の恩」、

一切衆生なくば衆生無辺誓願度の願を発(お)こしがたし。また、悪人なくして菩薩に留難をなさずば、いかでか功徳をば増長せしめそうろうべき。

 

「二には父母の恩」、六道に生を受くるに必ず父母あり、

その中にあるいは殺・盗、悪律儀、謗法の家に生まれぬれば、我とその科(とが)を犯(おか)さざれども、その業を成就す。しかるに、今生の父母は我を生みて法華経を信ずる身となせり。梵天・帝釈・四大天王・転輪聖王の家に生まれて、三界・四天をゆづられて人天・四衆に恭敬せられんよりも、恩重きは今のそれがしが父母なるか。

 

「三には国王の恩」、

天の三光に身をあたため、地の五穀に神(たましい)を養ふこと、皆なこれ国王の恩なり。その上、今度(このたび)法華経を信じ、今度・生死を離るべき国主に値ひたつまれり。いかでか少分のの怨によっておろかに思いたてまつるべきや。

 

「四には三宝の恩」、

釈迦如来・無量劫の間、菩薩の行を立てたまひし時、一切の福徳を集めて六十四分と成して、功徳を身に得たまへり。

その一分をば我が身に用ひたまふ。今、六十三分をばこの世界にとどめ置いて、五濁雑乱のとき、非法の盛んならん時、謗者の者・国に充満せん時、無量の守護の善神も法味をなめずして威光勢力(いこうせりき)減ぜん時、日月・光を失ひ、天竜・雨をくださず、地神・地味(ちみ)を減ぜん時、草木(そうもく)・根(こん)・茎(けい)・枝(し)・葉(よう)・華果(けか)・薬(やく)等の七味も失はん時、十善の国王も貪(どん)・瞋(じん)・痴(ち)をまし、父母・六親に孝せず・親しからざらん時、「我が弟子、無智・無戒にして髪ばかりを剃りて・守護神にも捨てられて、活命のはかりごとなからん・比丘・比丘尼の命のささへとせん」と誓いたまへり。

 

また果地の三分の功徳、二分をば我が身に用ひたまひ、仏の寿命・百二十まで世にましますべかりしが八十にして入滅し、残るところの四十年の寿命を・留め置きて我らに与えたまふ恩をば四大海の水を硯(すずり)の水とし、一切の草木を焼いて墨となして・一切のけだものの毛を筆とし、十方世界の大地を紙と定めてしるし置くとも・いかでか仏の恩を報じたてまつるべき。

 

法の恩を申さば、法は諸仏の師なり。

諸仏の貴(とうと)きことは法に依る。されば仏恩を報ぜんと思はん人は法の恩を報ずべし。

 

次に僧の恩をいはば、仏宝・法宝は必ず僧によりて住す。

たとえば薪なければ火なく、大地なければ草木(そうもく)生ずべからず。仏・法、有りといへども僧ありて習ひ伝へずんば、正法・像法過ぎて末法へも伝はるべからず。

 

ゆへに『大集経』にいはく
「五箇の五百歳の後に、無智無戒なる沙門を“失(とが)あり”といってこれを悩ますは、この人・仏法の大灯明を滅せんと思へ」と説かれたり。
しかれば僧の恩を報じがたし。されば三宝の恩を報じたまふべし。

 

いにしへの聖人は雪山童子・常啼(じょうたい)菩薩・薬王大士・普明王等、これらは皆な我が身を鬼の打ち飼ひとなし、身の血髄を売り、臂(ひじ)を焚き、頭(こうべ)を捨てたまひき。しかるに末代の凡夫、三宝の恩を蒙(こうむ)りて三宝の恩を報ぜず、いかにとしてか仏道を成ぜん。しかるに心地観経・梵網経等には仏法を学し円頓の戒を受けん人は必ず四恩を報ずべしと見えたり。

 

それがしは愚痴の凡夫・血肉の身なり。三惑一分も断ぜず。ただ法華経のゆへに罵詈毀謗(めりきぼう)せられて刀杖を加へられ、流罪せられたるをもって、大聖の臂(ひじ)を焼き、髄をくだき、頭をはねられたるに擬(なぞ)らへんと思ふ。これ、一の悦びなり。

 

第二に大なる歎きと申すは、


法華経第四にいはく
「もし悪人あって不善の心をもって、一劫の中において現に仏前において常に仏を毀罵(きめ)せん、その罪・なほ軽し。もし人・一つの悪言をもって在家・出家の法華経を読誦する者を毀呰(きし)せん・その罪はなはだ重し」等云云。

 

これらの経文を見るに、信心を起こし、身より汗を流し、両眼より涙を流すこと・雨のごとし。我一人・この国に生まれて多くの人をして一生の業を造(つく)らしむるを歎く。

 

かの不軽菩薩を打擲(ちょうちゃく)せし人・現身に改悔の心を起こせしだにも、なほ・罪消えがたくして千劫・阿鼻地獄に堕ちぬ。今、我に怨(あだ)を結べる輩は未だ一分も悔ゆる心もおこさず。是体(これてい)の人の受くる業報を『大集経』に説いていはく
「もし人あって万億の仏の所にして仏身より血を出ださん。意(こころ)においていかん。この人の・罪を得ること・むしろ多しとせんや否や。
大梵王もうさく『もし・人・ただ一仏の身より血を出ださん、無間の罪・なほ多し。無量にして算(さん)をおきても(=注記:そろばんで計算しても、の意)数を知らず、阿鼻大地獄の中に堕ちん。いかにいはんや万億の仏身より血を出(い)ださん者を見んをや。
終(つい)によく広く彼の人の罪業・果報を説く事あること無からん。ただし、如来をば除きたてまつる』と。
仏の・のたまはく『大梵王、もし我がために髪をそり、袈裟をかけ、片時も禁戒を受けず、欠犯(けつぼん)を受けん者を、なやまし、罵(の)り、杖をもって打ちなんどすることあらば、罪を得ること・彼よりは多し』」と。

 

弘長二年正月十六日
日蓮 花押

 

工藤左近尉殿