細草書林

「疑に三種あり、一には自らを疑ひ、二には師を疑ひ、三には法を疑ふ」(日寛上人『寿量品談義』)

第三 対話を成立させる基盤(『ミリンダ王の問い』(漢名『那先比丘経』)第一編第一章より)

王は問う、

「尊者ナーガセーナよ、わたしとともに<もうちょっと深く>対論しましょう」と。


ナーガセーナは答える。

「王よ、もしあなたが<智者の作法>を以て対論なさるのならば、わたしはあなたと対論させていただきたく存じます。しかし<国王というものは>多くの場合、<王者の作法>を以て対論するのです。わたしはあなたと対論しないでしょう」と。

 

(投稿者注記:『那先比丘経』原文
「もし王にして<智者の問い>をなさば、能く王に相い答えん。されど<王者の問い>・<愚者の問い>をなさば、能く相い答えず」)

 

王は問う、

「尊者ナーガセーナよ、<智者の作法>とは何でしょうか」と。
ナーガセーナは答える。

「王よ、対論においては、悟りにいたる障碍を除き、つかみどころのない法義についてきちんと説明し、あるいは互いに不明瞭である部分を不明瞭であると認め、互いの法義への理解を深めるために訂正・修正がなされ、法義の大意をつかみ、またときには法義の細部について語られることとなりますが、<智者の作法>を以てする対論において智者は決して怒ることがありません。王よ、<智者の作法>とは実にこのようなものなのです」と。

(投稿者注記:『那先比丘経』原文
「<智者の語>とは、対して相い詰し、相い上語し、相い下語し、語に勝負あらば、すなわち自ら(問答・対決の)勝敗を知る。これを<智者の語>となす」)

 

王は問う、

「尊者よ、それでは<王者の作法>とは何でしょうか」と。
ナーガセーナは答える、

「実に、多くの国王というものは対論において、一つの結論のみを主張し、もし相手がその結論にしたがわないときは『この者に処分を加えよ』と命じ、対論の相手に対して処罰を命令するのです。王よ、<王者の作法>とは実にこのように、対論の基盤そのものをひっくり返してしまうのです」と。

 

(投稿者注記:『那先比丘経』原文
「<王者の語>とは、自ら放恣にして、敢えて違い戻ることあり、王の言のごとくならざる者は、王すなわち強いてこれを誅罰す。これを<王者の語>となす。<愚者の語>とは、語・長くなるとも、自ら(その意を)知ること能わず、語・短くなるとも自ら知ること能わず、龍悷自ら用いて勝を得るのみ。これを<愚者の語>となす」)

 

王は意を決し、

「尊者ナーガセーナよ、わたしは国王という立場ではなく、智慧の明朗さを希む者として対論しましょう。決して<王者の作法>を以てはいたしません。尊者よ、わたしの対論の目的は、一つの結論に拘泥することではなく、あなたを処罰にかけることでもありません。尊者が、比丘や沙弥と、あるいは在家の信徒と、あるいは在家の寺男と対論なさるようにしていただきたい」と。

ナーガセーナはミリンダ王の決意に応じて言われた。「王よ、いいでしょう。これで対論の準備が整いました」と。

王は言った。

「尊者ナーガセーナよ、わたしから質問しましょう」と。
ナーガセーナは答えた。

「王よ、いいでしょう。ぜひ質問していただきたい」と。

王は言った。

「尊者よ、すでにわたしからあなたに問いを投げたのですよ?」と。
ナーガセーナも答えた。

「王よ、あなたはすでにわたしから答えを返されたのですよ?」と。

王は言った。

「尊者よ、もしそうであるのなら、あなたは何をお答えになったのですか?」と。
ナーガセーナも答えた。

「王よ、もし問いが立てられたというのなら、あなたは何を問われたのですか?」と。