細草書林

「疑に三種あり、一には自らを疑ひ、二には師を疑ひ、三には法を疑ふ」(日寛上人『寿量品談義』)

故事『鹿野苑の王』原文(妙楽大師湛然『止観弘決』より)

(底本『富士学林版・訓読 摩訶止観弘決会本 上』)

「鹿苑」と言うは、『大論』にいわく…

昔、ハラナ王は山に入って遊猟するに、二の鹿群を見る。数は各五百なり。各一の主あり。一の鹿主あり、身は七宝の色なり。これ釈迦菩薩なり。また一の主あり、これ提婆達多なり。

菩薩の鹿主、王のその群党を殺すを見て大悲心を起こし、直ちに王の前に至る。諸人は競い射るに、飛ぶ箭は雨のごとし。

王はこの鹿の忌憚するところ無きを見て、

「必ず深意有らん」

として、勅して射ることなからしむ。

鹿は王のところに至って、ひざまずいて王にもうしてもうさく、

「王、小事をもって一時に鹿をして死の苦を受けしむ。もし饌(そな)えるに供するをもってせば、まさに次をつかわして毎日に一の鹿を送るべし」と。

王はその言を善しとす。

ここにおいて二の主はおのおの次をつかわして送る。

次に調達の群れの中に当たる。一の母鹿あり。その主にもうしてもうさく、

「われ死分に当たれり、しかしてわれは子を懐(はら)めり、子は死の次にあらず、屈(ま)げて料理を垂れて生者をして濫ぜざらしめよ、死者は次を得ん」と。

王はこれを怒っていわく、
「誰か命を惜しまざらん、次来たらばただ去れ」と。

母は思惟していわく、
「わが王は慈無くして横(よこしま)に嗔怒せらる」と。

すなわち菩薩王のところに至ってつぶさに王にもうしてもうさく、
「大王は仁慈なり。わが今日のごとき、天地は広遠なれども控告するところ無し」と。つぶさに事をもってもうす。

菩薩王のいわく、
「もしわれ理(ことわ)らずんば、枉(ま)げてその子を殺さん。もし次にあらずしてさらにつかわすならば、後の次に何をか遣わさん。おもうにわれ、まさに代わるべし」と。

思惟はすでに定まってすなわち自ら身を送って、鹿母をして遣わして群れに還らしむ。

菩薩の鹿王はその王の門にいたる。衆人これを見て、その自ら来たることを怪しみ、事をもって王にもうす。

王もまたこれを怪しむ。

王は問うていわく、
「群鹿の尽くるか、而してたちまちに自ら来たるか」と。

鹿王のもうさく、
「大王は仁慈にして人の犯す者無し。ただ滋茂することあって、尽くるときあること無し。ただ彼の群鹿は帰ってわれに告ぐ、われこれをあわれむがゆえにもし分にあらずしてつかわさばこれまた不可なり。もし縦にして救わずんば木石に異なること無し。この身は久しからずして必ず死を免れず。慈をもって苦厄を救わばその徳は無量なり。もし人として慈無くんば虎狼と何の別かあらん」と。

王はこの語を聞いてすなわち座よりたって偈を説いていわく、
「われは実にこれ畜獣なり。名づけて人頭の鹿という。
汝はこれ畜生なりといえども、名づけて鹿頭の人といわん。
理をもって人となし、形をもって人となさず。
われ今日より始めて一切の肉を食らわず。われ無畏をもって施(ほどこ)す。
また汝の意を安ずべし」と。

諸鹿は安きことを得、王は仁信を得たり。

…と。